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“旬”を迎えたHED MAYNERの魅力とは?

イスラエルに生まれ、現在はパリを拠点にものづくりをしているブランドHED MAYNER(ヘド・メイナー)。

2019年にデザイナーのHed Maynerが世界の若手ファッションデザイナーの登竜門「LVMHヤング ファッション デザイナー プライズ」の特別賞「カール・ラガーフェルド賞」を受賞し、国内外の注目を集めました。

V.O.Fでは20SSシーズンから取り扱いを始めたHEDですが、21シーズンも引き続き、彼の服づくりの魅力を伝えていきたいと考えています。今回はHEDの衣服が持つ魅力について、バイイングを担当した乙景店主・中村憲一に話を聞きました。

HED MAYNERとの出会いは「パリの街中に貼られたポスター」

__HED MAYNERとはいつ出会ったのですか?

正確な時期は覚えていないのですが、少なくとも4年以上前だったと思います。パリに買い付けに行って、街をブラブラ歩いていたときのことです。

ふと、街中に同じポスターが貼られていることに気づいたんです。見ると、「HED MAYNER」というブランドのものということがわかった。

そのポスターのグラフィックがとても格好良くて。初めて聞くその名前の響きも含めて、とても気になったのを覚えています。

__人から名前を聞いたり、DMで知ったりしたのではないんですね。

メールで招待は届いていました。確か、奇妙な人体模型図のようなグラフィックが使われていたように思います。しかし、アポイントを取るまで至らなかった。でもパリに着いたら、展示会界隈の街中のありとあらゆる壁にポスターが貼られていて。

きっと夜にゲリラ的に貼ったんでしょうね。その頃のパリはテロが多発していて、街中がヒリヒリした空気感が漂っていた。街のゴミ箱がいきなり爆発するような状況でしたから、みんな怯えていました。

HED MAYNERという名前とグラフィックがその空気に感応してよけいに危うい匂いを出していたんです。

__確かにそれは気になりますね。

そのあと、友人の展示会場に行ったんですが、彼もHED MAYNERの話をしていたんです。自分も気になっているという話をしたら「HED MAYNER見るのかい?気になるから見に行ってくれよ」と言われて。

__感度の高い人たちの間で噂になっていたんですね。

はい。「これは実際に見ておいたほうが良さそうだな」と思った私は、ショールームにアポを取り、コレクションを見に行きました。そこで彼のアイコンであるビッグボンバージャケットを見て驚きました。

なにせ歩道を埋め尽くすほどの横幅なんです。力士みたいなシルエットで(笑)。他にも面白いアイテムがいくつかあった。ただ、「まだもう一皮剥けるのを待ちたい」というのが正直な感想でした。

__何がそう思わせたのでしょうか?

実際の服を見るとまだ幼さを感じました。素材はケミカルで縫製もかなりレベルが低かった。でも荒削りながらも新しいモードストリートの匂いがしたのは事実でした。

ポスターやルックなどのヴィジュアルのイメージにはセンスが光っていたし、それを作っているデザイナーがイスラエル出身ということも興味深く、シルエットも突飛で面白かった。

数年後、ブラッシュアップされていけば、化けるかもしれないと思ったんです

__で、実際に化けた、ということですね。

そうですね。出会ってからもずっとコレクションは見ていたんですが、まだ見守っている段階でした。ストリートの流行に合わせたコレクションだったので。

ところが3年ぐらい経って、同じショールームから展示会の招待メールが届いて、なんとなく気になっていたので見に行ったんです。すると素材、縫製、全てが洗練されていて、キッズから大人に脱皮していたんです。

「これなら絶対にいける」と確信して、買い付けをすることに決めました。

__それが20SSのコレクション?

はい。2019年の6月ごろのことです。

__Hedがカール・ラガーフェルド賞を受賞したのが2019年の9月ですから、まさに“旬”が来たタイミングで取り扱いが始まったんですね。

そのニュースを聞いた時は、やはりと言った感じで腑に落ちました。

「彼自身はものすごくゆっくりな人」HED MAYNERの服づくりと人柄の関係性

__4年以上、HED MAYNERの服づくりを見ていて、感じたことはありますか?

じっくり、ゆっくり、試行錯誤をして、デザイナー自身としての核を探しているような気がしていました。2019年の展示会で実際にHed本人に会って、その予感は確信に変わりましたね。

__どういうことですか?

彼自身がものすごくゆっくりな人なんです。展示会場がバイヤーや撮影などのスタッフでごった返している騒がしい状況なのに、Hedだけピタッと時間が止まっているように感じました。

それを見て「じっくり積み重ねるような服作りができる人なんだな」と思いました。

__ピタッと時間が止まっている、とは?

大騒ぎの展示会場で、彼はのんびり立っていて、コレクションを着たモデルが彼に「スタイリングはこれでいい?」と聞くと、Hedはそれをゆっくり見て「うん」とうなづく。

それを何回も繰り返しているだけなんです。すごく静かな人でした。まるで自分の庭を散歩しているかのような風情でしたね。

__Hedとは話しましたか?

はい。会話を再現すると、こんな感じです(Nが中村、HがHed)。

N「こんにちは。今回とってもよかったよ。あなたのコレクションをずっと見てきたんだけど、このシーズンから買い付けしようと思ってるんだ」
H「ありがとう。君はどこから来たの?」
N「日本の、京都だよ」
H「京都、いいところらしいね……今度日本に行くから、京都にも行きたいなあ……」
N「ああ、その時はぜひ寄ってよ」
H「うん」

__ものすごくほんわかした会話ですね(笑)。

そうなんです(笑)。しかもそのあとも、ずっと私のそばでニコニコ笑って立ってくれていて。別に自分のコレクションについて積極的にアピールするでもなく、かと言って「じゃあまた」と言ってどこかに行ってしまうでもなく…… 。

彼がそんな感じの人なので私も自然と笑顔になって、二人でニコニコして立っていた(笑)。日向ぼっこしているようだった。なんだか、あたたかいオーラの持ち主でしたね。

__そういうあたたかい人柄も、服づくりには反映されていますか?

ジャケットなどには、彼の人柄が現れているかもしれませんね。Hedの作るジャケットにはどこか女性的なムードが漂っているんです。柔らかい印象を受けます。

あとはシルエットにも彼自身が現れていると思います。

__Hedのシルエットはかなり特徴的ですよね。

あれは彼自身の体が大きいからではないでしょうか。Hedはおそらく初期からその点を自覚したうえで服を作っていると思います。架空のモデルをイメージして作るデザイナーではなく、彼は自分が着たい服を作るデザイナーなのではないかと。

私がHED MAYNERに出会った時に、そのシルエットはすでに完成していましたから。

ともすれば同ブランドのシルエットは「奇抜」とも捉えられがちですが、そういう意味では彼の肉体を通して作られているので自然なシルエットと言えるのかもしれません。

HED MAYNERの衣服の魅力はどこにある?

__HED MAYNERの衣服の魅力は、どこにありますか?

まず、ルックイメージが美しいですよね。布を纏う、という雰囲気は、彼の中東出身というバックボーンから来ているように感じます。

__すごく神秘的なムードが漂っていますよね。

コーディネイトも優しいアースカラーで上下揃えて、淡い差し色を入れるところも新鮮です。シンプルですが、かなり独創的ですね。自然体のまま国籍や性別がボーダレスになっている雰囲気は今の時代の匂いがします。

__彼のコレクションは、構築的なシルエットなのに、どこかリラックスしているように感じます。

感覚が鋭いデザイナーが確信的に「ジェンダーレスファッション」を作っていた時代から次の段階へ来ているのではないでしょうか。わざわざそんなことを言わなくても良いような時代の服というか。

あと、これは個人的な感想なのですが、彼の作る衣服はファッションが華やかで毒々しく、甘いものだった時代を思い出させるのです。

__「ファッションが華やかで毒々しく甘い時代」、ですか?

世代的なものかもしれません(笑)。例えば20AWで見せたダブルジャケットのビッグショルダーが作り出す逆三角形のシルエット。これって80年代のMTV、例えばマドンナや、シンディ・ローパー、プリンス、a-ha、DURANDURANのイメージなんです。

日本でもミュージシャンがファッションを牽引していた時代、音楽と服が一緒に歩いていた時代です。彼がそれに影響されているのかは不明ですが……。

__どこか懐かしくて、なのに新鮮ですよね。この新鮮さはどこから来るのでしょうか?

奇妙なプロポーション、拡大されたサイズ感でしょうか。でも着てみると、案外馴染むんですよね。

あと、あえて言うとすれば「スレスレ感」でしょうか。日常着として成立するかしないかの絶妙なラインを攻めているというか。もちろん普通に着れる服もありますけどね。

__確かになんとも言葉にし難い魅力があります。

20AWはファブリックがとても上品なので、きちんとファッションとして成立しているんです。実際、ここに来てじわじわ売れているんじゃないかな。

また、大人の人にも来て欲しい服ですね。大人だからこそあのビッグシルエットも臆さずに着れるのではと思います。

__どんな着こなしがおすすめですか?

ルックのようにセットアップで着て、世界観をそのまま愉しむのはもちろんなのですけど、トップは大きなシルエットなので、テーパードパンツで逆三角形のシルエットを作るようなイメージで着るのが良いと思います。

あとは、袖をぐりぐりまくったり、古着のデニムに合わせて着崩しても格好良いのではないでしょうか。ラフに着るのがおすすめです。

「2021シーズンは彼にもっと光が当たる年になる」HED MAYNERの今後について

__HED MAYNERは今後どのようにファッションシーンに受け入れられていくと思いますか?

2021シーズンは彼にもっと光が当たる年になると思います。

__それはなぜですか?

私の中で、これからよりセットアップが時代の気分になると思っていて、彼はそのスタイルが得意だからです。カチッとしたスーツではなくて、素材や色が上下で揃っているスタイル。フリーランサーの普段の仕事着としても通用するような。

セットアップはコーディネートを毎朝考える必要がないので、仕事に集中できますし、かつおしゃれです。亡くなったスティーブ・ジョブスも毎日決まった格好しかしていなかったそうですが、おしゃれでしたよね。

__ファッションについて難しく考えずに、自然と着るものを選ぶようになる、といったことでしょうか?

そうですね。だから21AWは上下揃いのソフトスーツのような衣服に、多くの人が惹かれると思うし、私自身そういう服の選び方を提案していきたいと考えています。

__そうなると、セットアップで世界観を作るのが上手なHED MAYNERは強いですね。

そうなんです。流行として来る・来ないという話もあるのですが、それよりも私が「こういう服の選び方はどうですか?」とおすすめしていきたい。

東京店CONTEXTの伊藤くんも好きなスタイルなんじゃないかな。彼の着こなしは格好良いので、みなさん彼にたくさん相談してみてください。優しくレクチャーしてくれますので(笑)。

__今後もHED MAYNERには期待できそうですね。

はい。ぜひ期待していただきたいブランドですね。

聞き手/鈴木 直人(ライター)
語り手/中村 憲一(京都・乙景)